Lost in Translation
Keiko Tassill
2003年に制作されたアカデミー賞脚本賞を受賞したソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」という映画を覚えている方もいらっしゃると思います。パークハイアット東京を舞台にしたサントリーウィスキーのテレビCM撮影のために来日したハリウッド俳優(ビル・マーレイ)と同じホテルに滞在していた孤独な新婚人妻(スカーレット・ヨハンソン)の出会いと別れを描いたアメリカの映画です。まずはこのタイトルに惹かれて封切り直後に観に行きました。Lost in translationとは結果的には「誤訳」ということですが、通訳や翻訳の過程で本来の意味が失われてしまうことです。この映画でもCM撮影中に通訳(らしき人)がつくのですが、1分間のスピーチが10秒くらいにまとめられたり、(通訳が自分の)都合のよいように訳してしまったりとコメディータッチの笑える映画でした。ただ通訳である私はついつい職業病ということでハラハラ、どきどきしながら映画をみてしまいました。実際、現場でこの類の通訳とも呼べない人を見たことがありますが、とにかく私としてはお客様が気の毒でなりませんでした。
ここ数ヶ月、いまだにトヨタのニュースを耳にしない日はありません。2月24日の米下院監督・政府改革委員会の公聴会ではトヨタ自動車の豊田章男社長が証言をしました。写真は冒頭の宣誓時の写真です。(中央:豊田章男社長、右:北米トヨタの稲葉社長、左:通訳)公聴会当日は朝から晩までこの公聴会のニュースが流れていました。1週間ほどたって皆の記憶もそろそろ薄れてきた頃にCNNニュースを聞き流していると「トヨタ公聴会:ロスト・イン・トランスレーション」という言葉が耳に入ってきました。その瞬間、私は同業者である通訳に同情の気持ちで胸がいっぱいになりました。通訳として、顔も名前も全世界に公開された上に、今度は「誤訳?」とは気の毒な、いったい何を誤訳したのかしらと興味深く聞いていると、訳に問題があったということではなく他人ごとながらまずはほっとしました。問題は委員長の質問にしっかりと答えなかったので委員長がいらいらしている様子が放送され、言語だけではなく文化の違いだと報道されていました。
例えば、Yes, Noで答えるだけでいい質問に的が外れた答えや抽象的な答えを発言したり、長々と余計な情報を追加する傾向が日本人にはよくあります。例えば、交通事故の際の証言などでも弁護士や裁判官から「あなたは相手の車が左折してくるのを見ましたか?」と聞かれると「はい、でももしかしたら違ったかもしれませんが、はい」などと答えてしまうのです。これは言語の問題というよりも文化の問題で、日本人は120パーセント位の確信がない限り、謙虚な気持ちが邪魔して堂々とはっきりと言い切らない、断言しない習慣があります。そうすると通訳がトンチンカンな通訳をしているから正しい答えが出てこないのだと思われても仕方がありません。皆さん、会議でスムーズなコミュニケーションを進める上でも、そして私達通訳のためにもご協力ください。